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失敗の地図

つい3日ほど前、日本物理学会のオンライン大会があった。私はドイツからZoomをつなぎ、夜中の3時30分から4時にかけて、連続講演の発表を行った。ありがたいことに、講演後には多くの質問をいただき、発表についてのコメントや今後の議論に関するメールなど、計3通いただいた。思っていた以上に反応をいただけたことが、とても嬉しかった。

博士課程2年目も終わりに近づき、ようやく少しだけ、研究の進め方のようなものが見えてきた気がする。誰かの役に立つのかは分からないし、もしかすると誰のためにもならないかもしれない。それでも、自分なりに感じている「研究のコツ」のようなものを、ここに残しておこうと思う。研究が思うように進まず悩んでいる人が読んで、少しでも前向きな気持ちになってもらえたなら、書いた甲斐がある。

私は博士課程に入ってからの1年近くを、一つの研究課題に費やした。そして博士課程2年目の9月に、その成果をプレプリントとしてarXivに投稿した。そこに至るまでには、かなりの紆余曲折があった。振り返ってみると、博士課程生活の大きな割合を、一つの課題に使ったことになる。

ところが、もし今の理解を保ったまま、まったく同じ課題を一からやり直せるなら、最初のときよりも、かなり短い時間で必要な数値計算データを揃え、論文としてまとめることができると思う。
もちろん、これは研究内容に強く依存する。ただ、少なくとも今回の課題では、実際の計算そのもの以上に、何を計算すればよいのか、どの方向へ進めばよいのかを見つけるまでに、多くの時間を使っていたのだと思う。ここで言っているのは、数値計算コードも、数値データも、論文原稿もすべて消えてしまったが、自分の頭の中にある理解だけは残っている、という極端な仮定である。その状況からもう一度やり直しても、おそらく最初のときほど時間はかからない。

なぜか。理由は単純で、今ならスタートからゴールまでの道筋を知っているからである。

何を計算すればよいか。
どの方向に進むと行き止まりになるか。
どの結果が本質的で、どの結果はあまり重要でないか。
そういうことが、今なら分かる。

つまり、私の経験では、研究にかかった時間のかなりの部分が、「どの方法がうまくいきそうか」を見つけるための試行錯誤に費やされていたように思う。では、その「うまくいく方法」をどうやって見つけるのか。最近、その答えは案外単純なのかもしれないと思うようになった。

失敗するしかない。

スタートからゴールまでのルートを見つけるためには、ゴールにたどり着かないルートをたくさん知る必要がある。実際、試した道の99%は行き止まりである。けれど、その行き止まりを知っているからこそ、次に進むべき道が少しずつ見えてくる。研究において、成功の道は、失敗を通してしか見えてこないのではないか。最近はそんなふうに思っている。

たまに、最初から正しいルートを見つけて、解析計算も数値計算も華麗にやり切ってしまう人がいる。そういう人を見ると、本当にすごいと思う。ただ、そういう人にも二つのタイプがあるのだと思う。一つは、物理的直感が非常に鋭く、数ある道の中から正解の道だけが光って見えるタイプの人。もう一つは、人並み以上に失敗を重ねてきた結果、危険な道を事前に見分けられるようになったタイプの人。

私は、後者のタイプの人が多いと信じている。(そうでないと、正直やっていられない。)

自分自身も、完全に後者だと思う。物理的な勘だけで正しい道を選べるタイプではなく、これまで何度も失敗する中で、ようやく避けた方がよい道が少しずつ分かるようになってきただけである。失敗を何度も経験することには、確かに意味がある。一度痛い目を見ると、人間はちゃんと学習する。同じ道に入り込まなくなるし、同じ過ちを無意識のうちに避けられるようになる。あるいは、危険な道に入る前に、「これはまずそうだ」と察知する鼻が利くようになる。

だから、研究がうまく進まない時間は、決して無駄ではない。その時間は、単に遠回りをしているのではなく、自分の中に「失敗の地図」を作っている時間なのだ。そして、その地図があるからこそ、次に似たような問題に出会ったとき、少しだけ早く、少しだけ確信を持って、前に進める——最近は、そう思っている。

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